啐啄

僧、鏡清に問う、学人啐す、請う師、啄せよ
清云く、還って活くることを得るや
僧云く、もし活せずんば、人に怪笑せられん
清云く、また是れ草裏の漢
                   
碧巌録

啐とはソツ。鳥の卵の中で、今にも孵ろうとしている雛が、内側から殻を割らんとして叩く音のことです。この音が殻の中に反響してこもり、ソツソツと聞こえるので「ソツ」、漢字では啐と書きます。

これに対して啄(タク)は、雛の卵の殻をソツソツと叩く音を聞き、親鳥が殻の外側を嘴で叩いて割ってあげようとする音が「タクタク」と聞こえることを表現しています。

成長しようとしているものを、助けることを啐啄(ソッタク)と言います。

啐と啄のどちらが先に起るのかと言えば、これは啐側と啄側がお互いに満を持し、そして初めて成立する成長です。そしてこれが教育の本質であると、冒頭の詩は言っています。数値には表現出来ないような、ごくごく微妙なお互いのコンセンサスの中で、ソツと聞こえたから啄する、あるいはタクと聞こえたから啐するという、阿吽の呼吸のもとで成立しているもののことです。

私がボストンにいた時、ある日波多先生のシャドウイングで一緒に移動していた時に、車の中で波多先生がポツリと言いました。

「今から思い出してみて、やっぱり要所要所のタイミングで、自分を上に引き上げてくれた人がいたと思う。」
「でもそれは・・・波多先生が何かを持っていたからだと私は思いますが。」
「いやぁ、やっぱりそういう先生達は、頭が良かったよ。例えば僕が、3D Slicerを作ったのも、『画像診断で、2Dはよくあるよね、でも3Dはないよね。君なら3Dが出来るんじゃないかな』って言ってくれた先生がいて、それで3Dでやろうって思ったから」
「そうですか。でもそれは波多先生が・・・」
「いやいや」
「いやいやいやいやいやーやいや」

とかなんとか言いながら、私は啐啄の詩を思い出していました。
波多先生の才能を伸ばせなかったら、「もし活せずんば、人に怪笑せられん」と思った先生がいらした、そしてその方は、それを「師」あるいは教育というものの本質であると思っていらした、そういうことがあったのではないかと、私は思いました。

こんなことを考えたのは、私が今回のボストン滞在の初めに、波多先生に自分がこんなことをやりたいと話した時に、波多先生から

「そしたらシャドウイングします?」

「粂川先生の研究、トランスレーショナル・リサーチっていうキーワードで皆に説明したら、分かりやすいんとちゃいますか?」

「ここで見たこと、ブログに書いてみるのが良いと思います。」

と言って頂いたことがあります。

私は決して啐々と殻を叩いて、今にも孵らんとしていた学者ではないです。デザイン・コンセプト構築の体系化という目的だけを持って、アメリカに飛び込んで行っただけの学者でした。それを、波多先生がふんふんと理解し、どうすれば良いかを一瞬で考えて指南して下さいました。

この時、啐はせずとも先に啄が来た、だからすぐに啐を返さなければ、私は孵る機を逸するのではないかと思いました。こんな出会いがあること自体、とても恵まれていることは分かりました。
そして引っ張り上げて貰いながら(時には追いつかないこともありつつも)、トランスレーショナル・リサーチの方法論の研究を、ごく短期間の間に見せて頂きました。

今、帰国後のゴタゴタが多少落ち着き、改めて考えるに、これが私のボストン滞在の全てだと思います。
波多先生からの啄を逃さないようにした、その結果、色々なことが見えて来たということ、研究室のメンバーにも、インタビューに協力して頂いた方々にも、協力して頂いたこと。こういうことがあって、ボストンで有意義に過ごすことが出来ました。

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時差ボケの解消方法

今月の7日に無事に、私は無事に日本に帰国しました。

カナダで飛行機を乗り継いだため、かなりの時間がかかりましたが、生来の小柄で貧弱な体格(身長1480mm)が功を成し、エコノミークラスでも苦痛を感じることもなく、身体的にゆったりとした旅路でした。

次の8日は早速出勤でしたが、時差ボケに悩まされることはありませんでした。世界を股にかけて活躍されている波多先生に、事前に時差ボケしない秘訣を教えて頂いていたためです。
その秘訣とは、

「到着地の時間に合わせて、飛行機で寝ないこと」

単純明快ですが、コロンブスの卵です。

そもそも飛行機の中はゴオオオーーーッという音が大音量で聞こえていますし、シートもきつくて身体に負担がかかって(私には余りある広さですが)、リラックスとはほど遠い状態です。さらに仮に上手く寝ていても、出発地の時間に合わせた機内食の配布で、いちいち起こされます。そういう訳で、どちらかと言うと、寝るための環境というよりは、起きている方が過ごしやすいです。

でも機内が暗くなるので、奇妙に真面目な日本人は
「寝ないといけないのではないか」
という強迫観念に囚われがちですが、そこでどこからともなく聞こえて来るハタイズムの声、
「なんで寝ないとあかんの?起きてる方がええやん。」

波多先生はなかなかハードボイルドなリアルマッコイなので(これについては改めて書きます)、
「カフェインのタブレットを飲んで起きている」
そうです。おそらく、現地に着いてからも同様の手段で起きているのでしょう。

でも私は、何よりも虚弱で貧弱で、現代にそぐわないほどの腺病質な体質ですので(かといって年の功で、神経質に何かを思い詰めることもないですが)、そんなハードボイルドな方法で寝ないことは、難しいです。とはいえ腺病質に相応しい方法として、複雑なことを考え、マニアックな音楽を聴いていれば起きていることは可能です。寝る前に頭を使うと眠れなくなることを応用し、溜まっていた日本の仕事を片付けたりしていて、上手いこと眠れなくなることに成功しました。

頭がキンキンに冴えたまま、成田空港に到着。その足で、勤務先の千葉大学に向かうこともなく、成田エクスプレスに乗って帰路に着きました。
脳は冴えてしまって寝られなかったので、脳をリラックスさせるレモンの匂いを部屋に充満させた途端にパッタリと眠り、あとは昏々と眠って、起きたら次の日の朝でした。

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滞在最後の日

ブリガム&ウィメンズ病院のSPL(Surgical Planning Lab)の滞在も、本日が最終日でした。

お世話になった方にお礼を言い、お別れのコーヒーを飲みに行きました。何度も来た病院内のカフェも今日で最後です。皆忙しい中、私のためにお時間を割いて下さいました。ありがとうございます。

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最後に記念撮影した山田先生とメイサンです。
本当に色々お世話になりました。

他にもたくさんの方のご理解とご協力を得て、とても良い研究が出来ました。
サム、徳田先生、山田先生、Laurent、アルバ、吉光先生、ピーター、メイサン、ジェイ、アンドレイ、ザビエル、ローサ、小山先生、ティナ、フランク、そしてNobyこと波多先生。
異分野から来た新参者の私を暖かく受けれて頂いたこと、大変ありがたく思っていました。
この場を借りてお礼申し上げます。

波多先生の、シャドウイングとブログ開設という大胆なご提案から始まった、奇想天外でとても有意義な二ヶ月間でした。
ここまでのブログは、その日に収集したデータの整理や日本から持ち込んだ仕事と平行して執筆していたため、どうしても書ききれなかったことが沢山あります。これから日本に帰りますが、少しずつ書いて行きたいと思います。また、トランスレーショナル・リサーチの研究成果としても、もう少しコンパクトにまとめてご報告致します。

もうしばらくお付き合い頂ければと思います。

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ハタカル

前回のブログで少し触れた波多先生のiCloudカレンダー、通称「ハタカル」ですが、実はこれを共有していたのは私だけでした。
私はいつもハタカルを見て、そして多くの行動を共にしていたので、波多先生のスケジュールを知っているのが当たり前のことでした。が、他の人達はいつも波多先生を探していました。

波多先生は毎日とても忙しいです。
最後にシャドウイングした木曜日も、
(1)午前中は新しい研究プロジェクトについて、医師とミーティング
(2)車で病院外へ移動→パテントのコンサル会社へパテント申請の書類を提出
(3)Aze社へ移動して、シンポジウムに関するミーティング

途中で
「あれ?今日お昼食べたっけ?食べてないな」
などと言い出す場面もありました。

「昼を食べることを重要視していなから、時々忘れる」
そうです。重要視していない理由は
「時間がもったいないやん」
らしいです。

パテントのコンサル会社でも、何種類ものパテント申請をする波多先生に、
「彼は忙しいね」
と言われました。

余談ですが、こちらがコンサル会社です。Partners Health Careという非営利組織が運営しています。Partners Healthcareはブリガム&ウイメンズ病院とマサチューセッツ総合病院の共同出資で設立された組織で、この会社だけではなく、他にも病院の運営に携わっています。
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とても忙しい波多先生を捕まえるのに、皆は一苦労しています。
こうして一日研究室に戻らない日も多々あります。もっと遠い所へ出張されている時もあります。私がシャドウイングをしていない時は、
「Nobyはどこにいるのか、知ってる?いつ戻って来るの?」
と色々な人に聞かれました。

「ちょっと待って下さい、いま確認しますので・・・」
と言いながら、私がカレンダーを開くと、皆最初はびっくりして
「え、何その便利なもの。どうやったら見られるの?」
と羨ましがられました。
そして次からは皆、波多先生の所在を確認したい時は私に
「ハタカルで確認して欲しいんだけど」
とお願いするようになります。

時々、他のPIの秘書の方にも
「Nobyはいつ戻る?」
と聞かれたりしました。

もうすぐ滞在期間が終わる今、ハタカルを見ると少ししんみりします。私が帰国してからも、ハタカルには沢山のスケジュールが詰まっていますが、私はもうシャドウイング出来ません。波多先生を探す人達に、今どこにいるのかを教えることもなくなります。

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シャドウイング7つ道具

前回の更新から少し間が空いてしまいました。2日前から宿泊先のインターネットがつながらなくなってしまったのですが、なんとか復活しました。

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波多先生は何かと「早い」です。話すのも早口ですし(日本語は早口の関西弁、英語も大変流暢で早い)、頭の回転も切り替えもパパパっと早く、そして歩くのも早いです。
シャドウイングの時は、一緒に次の場所まで移動するのですが、波多先生は、いつも早く歩きながら重要な話をされるので、小走りでついて行きながら重要な話を頭に入れるだけでいっぱいいっぱい。時々前から歩いて来る人にぶつかりそうになったり・・・。

シャドウイングに関しては、iClondのカレンダー(通称ハタカル)を共有させて頂いており、それを見て私は
「今日はこことここに付いていくのかな」
と、ある程度の予定を立てます。

ただ、時々予想していないタイミングで付いていくこともあります。この急な展開に対応するため、初期の頃にこんなものを用意しました。

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シャドウイング・バッグです。
ショルダーバッグとして肩から下げられます。
この中にはシャドウイングに必要な道具が色々と入っています。

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上から、
1)メモ帳
2)ペン
3)パスポート
4)スマートフォン
5)ICレコーダ
6)名刺

これにバッグを合わせて、7つ道具として持ち歩いていました。

1)メモ帳
よく見ると、ブリガムのロゴが入っているこのメモ帳は、病院内の売店で購入しました。再生紙を利用していること、それから罫線の色が濃いことから、やや書いた文字が見にくいという欠点がありますが、小さくてバッグにすっぽり入るので、重宝していました。
シャドウイングをしながら見聞きした重要なことを書いていました。言わば「フィールドノーツ」です。

2)ペン
こちらもメモ帳同様に、ブリガムのロゴ入りのペンです。メモ帳とは別売りでしたが、ちょうどメモ帳のゴムバンドに入ります。太めの青インキでメモ帳の太い罫線にも負けない文字が書けるので、このメモ帳には必ずこのペンを使用していました。
意外と安く書き心地が良いので、今後のために大量に仕入れました。

3)パスポート(身分証明書)
海外生活者の必需品です。自分の身元を証明できるものとして、常に携帯しています。病院のIDでは不足がある時に使います。

4)スマートフォン
個人的な趣味でAT&Tです。ほぼ「カメラ」として持ち歩いています。ブログの写真もこれで撮影していました。
画質は、日本で使っているソニーエリクソンのスマートフォンと比較すると数段落ちますが、何故かUXとても良いので最終的にこれだけをカメラとして使うようになりました。

5)ICレコーダ
インタビューの時、それから波多先生が重要なことを教えてくれる時などなど、いつもなんでも録音していました。勿論ご本人に断ってから録音していましたが、断られたことはありません。皆さん、とても協力的でした。
ただ、後から聞くと雑音が大きかったり、よく聞き取れないということはありました。それに備えて、話を聞きながら出来るだけ1)にメモを取るようにしていました。スマートフォンにも録音機能があるので、どうしても必要ではないかも知れません。

6)名刺
シャドウイングをしながら、初めて会った人にお渡ししていました。表が英語、裏が日本表記です。日本で使用しているものをそのまま持って来ました。
日本では、渡したら必ず相手からも受け取りますが、こちらではどちらかと言うと渡すだけの方が多かったです。

これに財布やクレジットカード、タオルなどが加わる時もありますが、以上の7つがデフォルトです。

波多先生が
「行くよー」
と行って颯爽と歩き出してからでも、このバッグだけを肩にかけて持って行けば間に合いました。

毎日参与観察、というのは私にとっても初めての経験でした。色々な失敗を繰り返し、フィールドワークに必要最低限のツールを絞り込んだ結果の7点です。今回は本格的な動画撮影はしていないため、ビデオカメラは持っていません。時々スマートフォンの動画撮影機能で録画しましたが、これで充分でした。

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日本の医療機器開発の現場

このブログを書き始めて、沢山の人から
「日本の医療機器開発の状況がどうなっているのかを知りたい」
というご要望を受けていました。

そもそも私がこの研究を始めるきっかけとして、「日本は医療機器の貿易収支が、慢性的に大幅な赤字である」ということがありました。テクノロジー大国の日本で、何故このような状況が起るのか。状況を詳しく文献で調べて行くうちに
(1)内視鏡や画像診断機器などの診断用機器は作っているが、治療用機器の市場が弱い
(2)医療機器開発の現場と臨床現場が離れているため、機器のコンセプトが作れない
ということが見えて来ました。

そこで今回、東京女子医大の特任助教で、現在波多先生のもとに出向・研究されている吉光喜太郎先生にお話を伺いました。吉光先生は私を波多先生にご紹介して下さった、千葉大学工学部メディカルシステム工学科の中村亮一准教授ともお知り合いです。

まずは、東京女子医大の研究環境について教えて頂きました。

「東京女子医大では、FATSという研究室に所属しています。ここでは脳外科医、放射線技師、工学者、薬学博士、臨床心理士が1つのチームとして、同じ部屋にいます。机も近いですよ。隣の机にお医者さんがいるんです。専門は違うけど同じ目的を持っているので、反発しあうことはありません。『オーシャンズ11』のような環境です。」

吉光先生は学部では生命工学、大学院からロボティクスを専攻されたそうです。吉光先生はゼロから1人で設計し組み立てて行くそうです。

「学生の時の医用ロボットは、臨床で試すということは出来ませんでした。理由は、現場をよく知らずに作った物だったと言うこともあります。現場で使えるものでは無かったんです。病院と共同研究していましたけど、医師とは週に1度ミーティングするだけでしたから、全然足りませんでした。」

東京女子大に就職されてからは、最初の1年で医学部の6年間のカリキュラムを濃縮した授業を受けたそうです。

「これは医療機器メーカーの人も受けに来ていますよ。最初は人体解剖から始まります。今は朝の回診も医師と一緒に回りますし、診察室にも入ります。」

吉光先生はロボットだけでなく、Opectという手術向けの画像操作システムも開発されました。これはMicrosoft社製のゲーム機「Kinect」を利用した製品です。手術中の画像操作が、何にも触らずに身体の動きだけで出来るというものです。

こちら↓がそのOpectです。実際の動きを観て頂いた方が分かりやすいと思います。
(※ブログへの埋め込みが無効になっているため、お手数ですが再生ボタンをクリックした後に「You Tubeで見る」をクリックして御覧下さい)

「映画『マイノリティ・リポート』に、手の動きだけで画像を操作するシーンがあるんですけど、脳神経外科の先生がそれをやりたいと思ったそうです。それで作ってくれと言われて、2009年にプロトタイプを作りました。手に動きを感知するマーカーを付けて操作するんですけど、医師に臨床では使えないと言われました。それでちょっと落ち込んで、違う研究をしていたんです。それが2010年にMicrosoft社からKinectが発売されたので、これで出来るとなって。そこからまた作り始めて、2012年には製品化されました。」

Opectは、あちこちのメディアでも取り上げられているので、知っている方もいらっしゃるかも知れません。最初にニーズだけあったものに、後からそれを実現するシーズが出て来てうまくマッチングした事例と言えます。

吉光先生には、医療機器を取り巻く社会的状況のお話も教えて頂きました。

「日本はやっぱり、治療用機器開発が弱いです。技術的に作れないということは無いです。作れるけど製品化されないんです。医療機器を製品化する際の評価基準が曖昧ですし、怖くて誰も手を出さない。最近PMDA(医薬品医療機器総合機構)が標準化を進めているので、段々状況は変わって来るとは思います。」

写真の右が吉光先生、左が時々名前だけ登場していたジェイです。

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ありがとうございました。

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神々の手術

昨日の午前中は最後の手術でした。

内容は、前立腺のブラーキセラピーでした。これと同様の手術は以前にも観察させて頂いています。実は前回がこの手法を用いた第一回目、言い換えると「世界初」の手術でした。同じ手術を何例も行い、その効果を科学的に立証することが「大学で新しい治療方法の研究をすること」です。
ブラーキセラピーについて、もう一度簡単に説明すると、がん細胞を殺すために、がん組織に放射線を出す小さな針を入れます。針からはごく僅かな放射線が放出されるため、正常な細胞を侵すことなく、がん細胞のみに作用する、という療法です。

前回は第一回目ということもあり、AMIGOには沢山の人がいましたが、今回は全部で12-13人でした。このため観察もしやすく、それぞれが何をしているのかがよく分かりました。

(1)クレア・テンパニー医師がMRI画像を見て、放射線を放出する針を、前立腺内のどこに入れるかを決めます(放射線でがん細胞の活動を止めるため。小さい針を複数入れます)。そしてそれを工学者のアンドレイに伝えます。
(2)アンドレイは、針を入れる位置を画像上の座標で表すとどうなるかを考えます。
(3)サムが針刺しをガイドする機器を、MRI内に設置します。
(4)アンドレイの出した数値にそって、フェローの医師が実際に患部に針を入れます。
(5)入れた針の位置が正しいか、MRI画像を撮影して確認します。
(6)どんな順番で針を入れるかは、その都度クレアが決めます。
以下、(4)-(6)の繰り返し。

以上はそれぞれの人達がどういう仕事をしているかですが、この一連の作業をずっと観察しているうちに、医師、工学者、機器の役割や、全体で何をしているかも見えて来ました。

チーム全体は、新しい治療方法を確立する方向で動いています。新しい治療方法と言っても、単純に
「今までに無いからすごい」
ということではなく、
・患者の負担を、今までよりも減らすもの
・治療の効果を上げるもの
を提案しています。

まず、MRI画像を使って治療を行うこと。MRI画像を、診断ではなく治療に使うということは、身体を切らずに小さな穴のみで身体の中を治療出来るということです。どこに病気があるのかも、切らずに分かります。
そして上記の(3)(4)(5)のプロセスで、正確に、健康な部位に影響がないように病変部位のみ治療をすることが出来ます。

もしも神様がいたら、身体を透視し、最小限で正確な治療を施して、こんな風に病気を治すのではないかというようなこと。これをAMIGOの中で、医師、工学者、それから機器が一体となって実現させていました。

マーシャル・マクルーハンはテクノロジー(とメディア)を「人間の身体の拡張」であると言いました。テクノロジーは人間の身体に備わっている機能を、より拡張させたものであるということです。例えば自動車は足の機能を拡張したものであり、カメラは視覚と記憶を拡張したものです。医療現場における機器にも、身体の機能を拡張したものもありますが、MRIなどは人間には不可能なこと、人間に備わっていない能力を実現させます。それによって従来では不可能だった新しい治療が可能になっているという意味では、医療現場の機器の中は、身体の拡張ではなく「超人間の能力」ということをコンセプトにしてデザインされているのかも知れません。

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There is no ” I ” in TEAM

タイトルの英文は、AMIGOの壁に貼られているキャッチフレーズです。

ただ、この紙の「A」の中の三角の部分とその下を赤で塗りつぶし、「これは” i “じゃないのか?」という落書きもあります。確かに、見ようによっては(あるいはフォントによっては)” i “に見えないこともありません。

ただの言葉遊びのようにも思えるこの落書きのやり取りですが、非常に重要な示唆を含んでいるように思えました。
TEAMの中では個人は存在しないのか(There is no ” I ” in TEAM)。あるいは個人が集まってTEAMを作っているのか(” i ” is in A)。AMIGOでは後者であると思います。何故かと言えば、個性と能力を持った個人が複数人集まってAMIGOの中でそれぞれの役割を果たしています。日本の「世間」の概念のように、集団が人格化して個人よりも強くなっているという印象は受けません。個人があつまった集合体として、「TEAM」があります。

医学と工学がコラボレーションする場所として、AMIGOがあるのだと思います。
「建築は内容を表す」
とよく言われますが、建物は中にいる人達のポリシーを反映して建てられているものです。例えば建物がバリアフリーを考慮している学校なら、それは様々な身体特性を持つ生徒を受け入れますよ、という考えを表しています。
AMIGOは医学と工学がコラボレーションして、画像診断を取り入れた新しい治療方法を研究して行きますよ、という考えを表しているように思います。

今週はほとんど波多先生が不在ですが、明日サムさんと一緒にAMIGOに入ることにしました。
私の滞在期間もあと少しになって来たので、今のうちに不足している情報を集める予定です。明日が最後のAMIGOになるでしょう。

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警察のバイク

子供の頃、母から聞いたとても印象深い話がありました。

「警察はハーレーダビッドソンに乗っているんだよ。なんでかって言うと、一番スピードが出るからなんだって。そうじゃないと取り締まれないからなんだってよ。」

この話を聞いた時は、「なるほど、そうなのか」と感心しました。
母が何故私にこんな話をしたかと言えば、私の出身が日光で近くにいろは坂があり、この峠を攻めに「バイキー」や「ホッドロッダー」が沢山詰めかけていました。連休ともなるとそれを取り締まる警察が、大量に列をなしてバイクでいろは坂方面に走って行くのですが、とにかくその光景のかっこ良いことときたら、どんなパレードよりも遥かに興奮しました。
そしてそのかっこ良い警察が「ハーレーに乗っている」というのは、子供心にはたまらないエピソードでした。というと男勝りの子供だったような感じですが、そんなことはなく、私は身体が小さく腺病質な子供でした。運動も苦手で無理をするとすぐに熱を出し、その反動からかハーレーダビッドソンのような、力強い泥臭いものに憧れを抱いていました。

しかし少し大人になるにつれ、母の話が穴だらけであることに次々と気付いて行きました。

まず警察が乗っているのは、どこからどうみてもハーレーダビッドソンではなく、HONDAのCB1300とVFRでした。パニアケースが付いているのでなんとなくアメリカンタイプにも見えますが、やっぱりどう考えてもCBかVFRです。停まっている白バイを近くで凝視してみましたが、やっぱりなんの遠慮なく「HONDA CB1300」もしくは「HONDA VFR」と書いてありました。

そしてさらに大人になり、ハーレーダビッドソンのようなアメリカンタイプの空冷2気筒は、あまりスピードを出すのに向いていないことにも気付いてしまいました。長くまっすぐな道路を、ゆったりと走るのに適したバイクです。Vツインエンジンの鼓動を楽しみながら・・・。
スピードを上げて取り締まるには、やはり日本製のスポーツタイプのバイクが最適でしょう。それこそCBとかそういうのです。個人的にはSUZUKIのGSX1300Rハヤブサや、KawasakiのNinja辺りも名前も日本の警察らしくて良いかと思います。ハヤブサは世界最速のロードバイクとしてギネスブックにも載っていますし、これならどんなバイキーでも取り締まれますよね。

そして母から聞いた話もすっかり忘れていたある日。
またボストンの街を歩く私の目の前に、かっこ良い警察官が二人現れました。そしてその後ろにあるのは・・・・
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それはどこからどう見てもCBでもVFRでもなく、ハーレーダビッドソンでした。
け、警察が、ハーレーダビッドソンに乗っているっ!!

車体にはちゃんと「Police」の文字が入っています。
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かっこいいです。
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警察官は写真を撮りまくる私を一瞬警戒しましたが、すぐに
「あー、ただの観光客か」
という感じでニコニコしながら放置して下さいました。

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新メンバーがやってきた

今週の木曜日から、波多先生のプロジェクトに新しいメンバーが加わりました。
プロジェクトマネージャーのメイサンです。(まだ写真はありません。)プロジェクトのweb制作やデータ処理、物品購入などの業務を担当します。

以前、波多先生とメイサンが事前のミーティングをした時、私も例によって同席させて頂いていたので、メイサンは私のことを名前まで覚えていてくれました。

とりあえず初日と言うことで、メイサンを誘い、サムさんや山田先生と一緒にランチに行きました。SAKURA JAPANという鉄板焼きのお店でチキン照り焼き丼を購入。食べようとしたところ、後ろの席に偶然徳田先生とLaurantが来たので合流しました。

メイサンの専門は医用工学の中でも電気工学だそうです。私がデザイン工学だと言うと、
「?」
となった後に、少しして大変驚いていました。
「デザインって、アートみたいなデザイン?製品とかのデザインですか?」
「うーん、まぁそういうのの方法論をやっています。」
「インタレスティング!」

アメリカの会話でよく耳にするのは、
・グレイト!
・インタレスティング!
・ファンタスティック!
・パーフェクト!
・グッド!
などなど。誰かが話したあとに、すぐにこういう言葉を言っています。

アメリカに来る前に、日本で通っていた英会話教室でも、
「とりあえず何でも良いから、すぐにこういう言葉を言うように。そしてその後会話を付け加え、最後は相手に質問するように。」
と指導を受けました。真に受けると随分感心されているように見えますが、実際には相槌の一種です。日本語の会話でも
「すごーい!」
「なるほど」
「いいね」
などの肯定的な表現を、大した意味も込めずに相槌として遣いますが、多分あれらと似たようなものでしょう。
でも、そうと分かっていても言われるとやはり少し嬉しいです。

私も頑張ってメイサンの専門分野の話に
「オー、グレイト!インタレスティング!」
と言ってみましたが、必要以上に本気で言ってしまい、この後に続ける会話で
「その分野は私にとっては難しく聞こえるけれど、非常にインタレスティングです。何故なら・・・」
と、おそらく少しズレた会話をしてしまいました。

英語での会話は、文法以上に「会話をどう進めるか」ということが難しいです。会話の進め方は文化の違いも反映しているので、日本語の感覚の会話をそのまま英語にするだけだと、相手にポカンとされてしまいます。例えば日本人同士の会話として、

「あなたの専攻は何ですか?」
「電気工学です。」
「へえ、そうですか。すごいですね」

以上は普通の会話です。どこもおかしくありません。
でも英語だと、相手が明らかに「すごいですね」の後に、こちらが更に何か話すのを待っています。だから「グレイト!」の後に何かくっつけて話し、出来れば更に質問をするのがベターです。ここで何をどうくっつけ、どんな質問をすれば良いか?などなど、考え出すとキリがありませんが・・・。

と、色々考えていたのは最初だけで、途中から普通に盛り上がって楽しくランチは終了。

研究室に戻ると、先ほどはいなかったジェイがメイサンに
「ランチ行かない?」
と声を掛けていました。

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