トランスレーショナル・デザインと医用工学

このブログをお読みの方の中には、
「そもそもトランスレーショナル・デザイン・リサーチって何なんだろう?」
という疑問をお持ちの方もいらっしゃると思います。「トランスレーショナル・リサーチ」ならまだしも、検索しても出てこないし、なんだかよく分からない・・・という方のために、少し解説します。

BWH(ブリガム&ウィメンズ・ホスピタル)の研究室でお世話になることになった当初、波多先生に
「医用機器開発の方法について、デザインの視点から調査させて欲しい」
とお話したところ、
「医療界にトランスレーショナル・リサーチという研究があるから、それとリンクするのではないか?」
というご意見を頂きました。実は、この時私も初めて「トランスレーショナル・リサーチ」というキーワードを頂いたのです。トランスレーショナル・リサーチとは「橋渡し研究」という意味です。基礎医学研究から得られた知見を臨床の場に応用出来るようにする研究のことです。基礎的な医学の知見は、そのままでは社会に還元出来ません。そこでそれらを、実際の薬や治療に応用する研究が必要になるのです。

例えば生肉は、そのままでは食べられません。これを加熱したり味付けしたりして、初めて美味しい食事に変わります。この料理のプロセスがトランスレーショナル・リサーチです。
料理では、他の材料を加えることもあります。当然トランスレーショナル・リサーチでも基礎的な知見と知見を組み合わせることもあります。材料を色々と加工して、生活に役立つものを生み出すのです。

さて、次に「トランスレーショナル・デザイン・リサーチ」についてですが、これは「基礎的な研究の知見を【生活における問題解決】に役立てるための橋渡し研究」のことです。というと、なんだか奇妙な印象を受けるかも知れません。そもそも基礎的な研究というのは、生活を良くするために行われているのではないのか?と。もちろん既に沢山の基礎的な研究が、生活を改善する役に立っています。しかし大半は、社会から孤立した知見や技術として、役に立つこともなく眠っているのもまた事実です(詳細は過去のブログ参照)。
この原因の1つに、順番として「こういう問題を解決しよう」という目標が先にあり、そのために必要な基礎研究や技術開発を行う、というばかりでは無いということがあります。先に基礎研究や基礎的な技術開発のみを行ってしまう、ということです。

何故でしょうか?これには多少、「基礎的な研究の方が、研究として評価されやすいから」ということが関係しているでしょう。研究成果の評価軸の1つに「インパクトファクター」というものがあり、これはその論文が社会にどれだけ影響を与えたか、というものです。インパクトファクターは、簡単に言ってしまうと「その論文が引用された数」で決まります。他の論文に多く引用されれば、それだけインパクトファクターが多くなり、研究の評価も上がります。
多くの論文に引用されるには、応用的な研究よりも基礎的な研究の方が有利です。先ほどの料理を事例に考えてみれば一目瞭然です。料理の材料でよく使用されるものは、野菜/生肉/卵/穀物/魚/牛乳などの生の物が多いです。このまま単体で食べるのは難しいものもありますが、応用が利くので色々な料理に使われます。加工された食品はそのまま食べられるか、あるいは調理されるとしてもバリエーションがありません。カレーを材料に他の料理を作ろうとすると、せいぜいカレーうどんかカレー南蛮くらいにしか使えません。
この「他の料理に使われたか?」というのが論文で言うところのインパクトファクターに相当します。カレーのような加工されたものよりも、肉や野菜のような基本的なものの方が色々な料理が作れます。ちなみに料理で言うところの水や調味料レベルになると、研究では三平方の定理やニュートン力学に相当するでしょう。インパクトファクターという評価軸を考慮すると、人参や生肉を生産した方が良いことになります。

デザイン工学の研究をしていると、基礎的な技術を開発している方からご相談を受けることがあります。開発した技術を何かに応用出来ないか?と。言ってみれば「人参を育てて収穫した。これで何を作ろうか?」というようなことです。単純にこれが悪いとか、無駄だと言うことではありません。基礎的な知見を得ることは、学問の進歩にとって必要不可欠なことです。でも折角得た知見なら、何かに応用して実社会に還元する方が良いに決まっています。こういう場合に、お肉とジャガイモとルーを足して美味しいカレーを作るのが「トランスレーショナル・デザイン・リサーチ」の役割です。
とは言えこれはまだ実験的な試みです。今回のBWHにおける医用機器開発手法の調査を機会に、「トランスレーショナル・デザイン・リサーチ」というキーワードの基で研究を進めてみることにしました。
この視点で気付いたことについて、その時その時に時系列で記述しているため、話が前後したり重複したり、分かりにくいこともあるかと思います。どこかでもう少し整理して、再度ご紹介出来たら・・・と思います。

ところでここまで、「トランスレーショナル・デザイン・リサーチ」という視点から医用機器開発の現場を観察していて、はっきりと気付いたことがあります。それは、医用機器開発は他の分野と比較して、実際の問題と技術開発が乖離していないと言うことです。先に技術だけ開発してしまった・・・ということがありません。これはBWHだけでなく、フィンランドのC社や日本の内視鏡開発でも共通したことです。
そして特に今回滞在しているBWHでは、
1実際に機器が使用される現場で
2ユーザである医師と患者双方とコミュニケーションを取り
それを基に技術開発が行われています。

この開発手法については、医用機器だけでなく他のトランスレーショナル・デザイン・リサーチにも応用出来ることと思います。

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About mikikumekawa

粂川美紀 Miki Kumekawa 千葉大学大学院工学研究科デザイン科学コース特任助教時代に、独立行政法人日本学術振興会「組織的な若手研究者等海外派遣プログラム」基金により、米ハーバード・メディカル・スクール ブリガム&ウイメンズ病院に客員研究員として滞在しました。このブログはその時の記録です。
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