インタビュー結果5:ユーザ要求の抽出

ところで、「トランスレーショナル・リサーチ」と言えば、シーズ(技術、基礎的知見)とニーズ(要求・問題)を結びつけることです。

スティーブ・パイパーは要求の抽出手順について、
「私たちの一番大きな要求は、患者を危機にさらさないこと。これが一番重要なことです。だからそのために、色々なテストをします。ユーザの要求といえば、医師がいかに患者を危機にさらさないか、これが一番大きい要求であり、開発の目的ですよ。患者はユーザじゃないかって?確かに患者にも身体的な限界があったり、そういうのは要求と言えますが・・・でも彼等は手術中は寝ているのでユーザビリティは考えないですよね。」
と言っていました。

他の製品は、ユーザの多様な要求を汲み取ることがポイントになります。近年の製品開発が複雑になってきた理由の1つに、生活者の価値観が多様化したことがあります。高度経済成長の時代なら、どんなものでも「よりコンパクトに」「よりスピーディに」というコンセプトの元に開発されていました。それが段々と従来の価値観と平行して、「スローライフ」「エコロジー」「ロハス」「個性的」「懐古主義」「キッチュ」「健康志向」などなど、様々なコンセプトが求められるようになって来ました。

この点他の製品と違い、医用機器は
・患者を助ける
という大きな揺るがない目的があります。
医用機器にはにはユーザが2人いて、1人は医師。もう1人は患者ですが、この2人の要求は必ずしも一致するとは限りません。例えば患者が、
「もう苦しいから、臓器を全て切除して下さい。」
「安楽死させて下さい。」
こういうことを言い出しても、医師はその要求を尊重する訳には行きません(安楽死が認められている国もありますが、ここではアメリカの話をします)。これはCITIで医学の倫理について学んだ時にも出て来たことですが、医師には患者の命を守る義務があります。そして医用機器の最大の使命も、患者を助けることです。すなわち開発のコンセプトも途中途中のテストも全て
「患者を助けられるか?」
ということが重要なポイントになります。

実はこれは、波多先生が以前にお話ししていたこととも一致しています。

「僕は人生の目標を紙に書いているんやけど。色々あるよ、家庭のこととか。研究では1人でも多くの患者さんの命を救うこと。1人でも多くの患者さんの命を救ったら、それだけ僕が生まれて来た意味があるということでしょう。」

今回インタビューした人達のお話は、皆色々な立場ながらも同じ方向を向いています。これは医用機器の開発が「医」というもののシンプルかつ強い目的である「人の命を救うこと」という方向に向かっているからでしょうか。

ビル・ローレンセンにもユーザ要求抽出の方法を質問しました。

「それは、医師と話をしたり、一緒に開発をする上で気付いて行きます。プロトタイプのアイデアに対して、意見を言ってもらえますからね。」
「そのプロトタイプのコンセプトを最初に作る時はどうするんですか?ユーザの潜在的な要求が基になっていると思うのですが。アンケートでもユーザ要求は発見できます、マーケティングの手法にもありますし。でも、それで見つかるのは実は顕在的な要求です。アンケートを作る時に、既に予想していた要求です。」
「うん、そうだよね。潜在的な要求を見つける方法はね、フランク知ってるでしょ?彼に聞くと良いよ。」
「はっ!フランク・・・。」

フランクというのはFerenc. A. Jolesz M.D.。このブログではすっかりおなじみの、会議中にモシャモシャ朝ご飯を食べる、あの小さいおじいさんです。
マーチング・キューブス法をはじめ、アルゴリズムでアメリカ最多の特許を保持するビル・ローレンセンの口から出たのは、意外な名前でした。

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About mikikumekawa

粂川美紀 Miki Kumekawa 千葉大学大学院工学研究科デザイン科学コース特任助教時代に、独立行政法人日本学術振興会「組織的な若手研究者等海外派遣プログラム」基金により、米ハーバード・メディカル・スクール ブリガム&ウイメンズ病院に客員研究員として滞在しました。このブログはその時の記録です。
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