学際のスタイル

学際について、前回、前々回と書きましたが、学際と言っても色々なスタイルがあります。1人で様々な学問分野を横断的に修めている場合、チームとして色々な学問分野の人達を内包している場合。前者よりも後者の方が簡単に実行出来そうですが、実はこちらの方が難しいようです。

自分の経験からも、異分野の人と一緒に研究するのは刺戟的ではありますが、なんとなく噛み合ないことが多々起こりがちです。

一番多いのは言葉の定義が違うことです。「デザイン」という言葉を事例に取ると、私の専門がデザインだと言うと、なんだかアーティスティックなことをしていると思われたり、突然
「この本にイラストを描いて下さい」
というようなことを頼まれたりします。
ところが私がやっているデザインはそういう「デザイン」ではないので、相手の方が
「あれ?何この人、デザインのくせして絵描けないじゃん。」
と、ガッカリしてしまいます。

ガッカリされる程度ならまだしも、ディスカッションしている時に言葉の定義が違うと、話がかみ合いません。
「これをデザインしてください」
と言われて、こちらが「この問題を解決する何かを提案して下さい」という意味だと思っていると、実は
「絵を描いて下さい/形を考えて来て下さい」
と言う意味だったりすることもあります。

異分野同士が一緒に研究するのが難しい理由として、他にあげられるのは、何故か自分の専門以外を見下してしまう傾向があることです。これは別に「人間全般が持つ絶対的な傾向」という訳ではありませんが、何故かこういう場面によく遭遇します。別にこれは学問に限ったことではなく、何にでもある傾向です。高校野球で自分の県のチームを応援するような、一種の身びいきの感情と同種かも知れません。

身びいきも度を過ぎて来ると、
「良いのは自分のだけ、ほかは全部だめ」
となり、「ほか」をバカにしたり悪口を言ったりするようになって行きます。

そして、学問分野では時にこの傾向が強くなることがあるように思います。
「心理学者なんかに何が分かるんだ」
「ふん、生物学者め」
というような感情のやり合いが、意外と普通に起きます。
「あいつらは○○学者だからダメだ」
という会話を何度か聞いたこともあります。

こういう傾向があると、色々なバックグラウンドの人を集め、学際的なチームで活動することがいかに困難かはご想像するに難く無いでしょう。

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なぜ学際的視野が必要なのか

前回の記事と併せて御覧頂くと分かりやすいです》

古代ギリシャ時代からしばらく、哲学を根元として繋がっていた学問分野ですが、いつの間にかどんどん専門化が進み、それぞれが独自の進歩を遂げて行きました。
そして学問の基本であった「哲学」も、ある特定の学問分野のみを表すようになり、多々ある学問分野の1つになりました。教育システムの中でも必修としてのウェイトが小さくなり、高校で習う哲学は「倫理学」、それも倫理哲学史の一部を切り取ったものです。大学も、様々な学問の考え方の基礎を学ぶ教養課程よりも、専門課程や大学院教育に重点を置くようになりました。国立大学から教養学部が次々消えて行ったことは記憶に新しいです。

各学問分野の専門化が進んだ結果、それぞれは目覚ましい発展を遂げたということは間違いないでしょう。しかし何事一長一短はあります。極度に専門化した学問は、自分を客体化する視点を失ったようにも見えます。世の中全体で、その学問がどうあるべきかを問う姿勢を失い、ただひたすらに専門的なゴールのみを目指して突き進んでしまった部分も少なからずあるでしょう。

私がこのことを最初に意識したのは、高校時代です。当時はクローン技術が急速に進歩していた時代で、人間の胚のクローンの作成に成功したというニュースが大々的に流れていました。この数年後に世界初のクローン羊「ドーリー」(ドリーと表記されることもあります)が誕生します。クローン技術を巡っては、世界中で喧々諤々の議論が巻き起こっていました。

「専門化し過ぎた学問研究は、最早人間としての謙虚さを見失ってしまった」
「研究成果をあげることのみに執着した結果、超えてはいけない領域に足を踏み入れた」

私も進路を決めるために、各大学の研究について調べ出した時期だったので、興味深くこの動きを見ていました。
そしてこの一連の議論の中で、「学際」というキーワードを何度か耳にしました。全体を俯瞰出来る人材として、世の中の動きも学際的人材を必要とする風潮が強くなりつつありました。
とは言えこれは、クローン技術だけがきっかけだった訳ではないと思います。当時の背景として、高度経済成長、バブル経済、そしてバブル崩壊後の大不況の影響が生活にも忍び寄って来ていた時期で、今までの世の中のあり方を反省するような気配に満ちていたこともあったと思います。

科学の進歩が社会に与える影響を考える時に、学際的視点というものが必要になるのだと思います。

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「学際」について

このブログに度々書いて来た「学際」ということについて、少し整理してみたいと思います。

「学際」「学融合」「分野横断」など、色々な表現で表されるこの概念ですが、大雑把に言えば「学問分野の境界を超える」ということで、日本でも近年注目されている概念です。
学問には分野、カテゴリー、ジャンルがあります。例えば「物理学」「化学」「工学」「医学」「農学」「生物学」「民俗学」「社会学」などです。こういう分野がそれぞれに分かれて研究するのではなく、境界線を超えて研究するのが「学際」です。国の境界を超えて活動することを「国際」と言うのと同じです。

とは言え実はこの学問の分野、大昔は現代のようにきっかり分かれてはいませんでした。「哲学」を学問の基本として、その派生に色々な分野がありました。なぜ哲学が基本の学問かと言うと、それは哲学が物事の考え方、思考の方法を扱う学問だからです。私の学位は工学博士ですが、英語にすると「PhD in Engineering」です。PhDは「Philosophy Doctor」つまり「哲学博士」の省略で、全ての学問は哲学に通じているため、何かの学問分野を修めた人は「哲学」を修めたことと同じですよ、という発想に基づいた言葉です。哲学=学問とさえ言えるかも知れません。

例えば古代ギリシャのアリストテレスは、哲学者であり天文学者であり、音楽、倫理学、論理学、政治学、修辞学、動物学、生物学など、様々な学問分野の学者でした。これを現代の感覚で見るとものすごく多彩で学際的な印象を受けますが、これは「哲学」を基本として、そこから色々な分野にその考え方を応用して行ったということです。例えば生物学は生物の系統を分類する学問ですが、この「分類」という概念は「論理学」にも通じるものであり、論理学は哲学の1ジャンルです。こう考えると、何も特に不思議なことはなく、哲学者が学際的に様々な学問を極めているのは、ごく当り前のことです。

アルベルト・アインシュタインも、16歳でカントの哲学を独学で修めたと言います。物理学と哲学なんて、日本の教育システムでは理系と文系にそれぞれ分けられていますし、全く関係ないように思えますが、ここまで学問分野同士が遠くなる前は、それほど遠いものではありませんでした。

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AMIGO、再び

今週からボストンは極寒・酷寒・厳寒です。今日は最低気温がマイナス15℃でした。雪は降らずにただただ冷え込んで行く寒さ。このピンとした、冷凍庫の中のような乾いた清潔な寒さは、生まれ故郷の日光の寒さとよく似ていて、私は好きです。高校時代に通学に使っていたJR日光線は、落ち葉が線路に降り積もっては停まってしまう脆弱な路線でしたが、流石に雪には耐性があって大雪では停まることはありませんでした。

ところが今日のボストンは、市内を結ぶ地下鉄(と言っても途中から路面電車に変わる、トラム風の電車)が何度も停まってしまいました。「ボストンの電車は寒いと停まってしまう」という噂をあちこちで耳にしたのですが、何故寒いと停まってしまうのか、その理由は聞く人によって色々なバージョンがありました。伝承のようですね。

今日の午後は再びAMIGOで手術の観察調査でした。この観察に入る前に、昨日波多先生に教えて頂いたことを踏まえて、改めてこれまでの手術のフィールドノーツやプロトコルの記録を見てみました。「工学者(波多先生)が医師の要求を汲み取り、それを反映して機器開発をしている」という思い込みをリセットし、記録を見直してみました。記録自体は何かの視点に偏ることはなく(波多先生の行動に焦点を当てていますが)、目たもの聞いたことを、可能な限り沢山書き取っているものです。ここで恣意的に自分の研究に都合の良い会話や行為のみを書き取ったりはしていません。
そうしたところあちこちに、「新しい治療システムの提案と検証」をしている会話が見えて来ました。医師のTuncali先生が医学的視点から意見をしている言葉、波多先生が工学的立場から観察している様子などなど。

再度焦点を設定し、今日のAMIGOに臨みました。今日の手術は腎臓がんのクライオセラピーでした。クライオセラピーとは「冷却療法」のことで、患部を冷やすことによって治癒させる療法です。AMIGOではがん患者に対してこの治療を行っていました。針のようなものでがん細胞にアルゴンガスなどを流し込み、マイナス40℃まで冷却して活動を休止させます。この時、針が患部に届いているか、どこに刺せば良いかをMRI画像を撮りながら確認します。

実際の手術では、
(1)MRI画像を撮影する
(2)画像を基に、医師が針を刺す
(3)MRI画像を撮影する
(4)画像から体内の針と腫瘍の位置を確認する
(5)医師が針を刺す



と、この手順が繰り返されます。
AMIGOは手術室の中にMRI装置があるので、撮影と針をさすのは手術室の中、撮影の前になると中から医師やナースがバタバタ出て来て、そして撮った画像を外の部屋のモニタで確認します。

と言っても意味が分からないと思うので、今日は後のためにもクロッキー(速写)を描きました(※AMIGO内での撮影を控えたため)。
DSC_0686

中央のガラスの向こう側がMRIのある手術室です。テクニシャンのジャニス、波多先生、山田先生は手術室の手前の部屋で作業をしています。Tuncali先生とザビエル先生は、手術の合間合間にこちらの部屋に出て来て、ジャニスにスライス画像を見せてもらって患部と針の位置を確認します。

こちらはTuncali先生達のその様子をクロッキーしたものです。
DSC_0684

手術室を出て来るとすぐにMRI画像をじっと見て、自分達が刺した針の位置が正しいか、角度は良いかを検討します。
ああだと良い、こうだと良い、今日のケースはこんな具合だ・・・と言う話を波多先生や山田先生ともします。
今までもこういう光景はあり、実はこれは研究のディスカッションだったのですが、私はTuncali先生が工学者サイドに一方的に要求を伝えていると勘違いした場面でもあります。

私も会話を聞き取るために、邪魔をしないように配慮はしながらも図々しく輪の中に入り込んだりもしましたが、誰にも咎められませんでした。ザビエル先生とは以前にもお話したことがあり、私の研究内容をご存知なので、時々
「どうなりました?記録、取れてますか?」
と話しかけて下さいます。

これが「チーム」或は「社会」というものなのでしょうか。
次回、この辺を考察します。

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波多先生からのサジェスチョン

今日の午前中、波多先生から重要なサジェスチョンを頂きました。

「ブログを見て思ったんだけど、医師の要求を工学者が実現しているって言うのは違うよ。」

波多先生曰く、工学者は医師の要求を臨床現場で汲み取り、それを基に開発を行っている訳ではないとのことでした。

「要求は医師ではなく、要求は治療にある。」

医用機器の最大の目的は、医師の要求を実現することではなく、患者を治療することです。そして、このために提案するのはまだ誰もしていない新しい治療方法であり、これは工学者のみが提案する訳ではなく、医師と共同で作って行くものである、とのことでした。

そして更に、「機器開発をする」ということが波多先生達の目的かと言うと、これも少し違うそうです。これは波多先生達が大学で研究していることに関係しています。企業でものづくりをする場合は「その商品をいかに売るか」が目的になりますが、大学での研究では「提案したものがいかに治療に効果があるか。またその効果がどれだけ確実なものか」を理論的に検証する必要があります。
このために研究計画を練り、工学者と医師が共同で、臨床現場で検証して行くというプロセスを踏んでいるのが、BWHの手法です。

このため、工学者と医師、他のバックグランドの人も含めて、チームの人達は皆極めてイーブンな関係にあります。よくあるように、医師がヒエラルキーのトップにいるという構図がありません。それぞれの立場から、それぞれの視点、得意技を持ち寄って、皆で共通の目的を達成するという環境です。

そう言えば、最初の頃に参加したミーティングで、こんなことがありました。
その会議には最初、波多先生と他の工学者が出席していましたが、波多先生は途中で退席しました。それから少ししてフランク医師がやって来ました。(彼がいかに登場したかは、こちらの記事に詳しく書いてあります。)

1人でずっとお話していたフランク医師ですが、途中で
「これについては、Noby(波多先生の呼び名)の意見を是非聞きたい」
と言いました。
フランク先生、なんとこの時点ではその場にNobyがいると思っていたようです。そしてその後、Nobyがいないことに気付きました。

「あれ?Nobyはどうしていない?帰った?じゃあ、いい。Nobyはなんて言ってた?Nobyはなんて言ってたんだ?」

この時、私はまだBWHに来て1週間も経っていませんでしたが、フランク医師が波多先生の意見をとても必要としていること、BWHがそういう環境であることを理解しました。そして同時に、デザイン学者なのに突然病院へやって来て、「医療機器開発の方法論を研究したい」と言った私のことを皆が受け入れてくれたことも、ここではとても自然なことだったのだと思いました。

私は参与観察をしながら、フィールドサーベイで一番大切な「自分が感じたこと」を疎かにしていました。
この前考えたばかりのモデル図は、再考する必要がありそうです。

また次回以降に。

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医用機器のアジャイル・ディベロップメント2

ところでAMIGOの波多先生、

・今自分が何を見ているか
・どんなことを考えているか

実はこんなことをその都度私に教えて下さいました。そして医師と話をした後に、

「自分で気付いたんやけど、お医者さんの要求を聞きながら、解決方法を何段階かに分けてるわ。」

とのこと。どういうことかと言うと、例えば波多先生が開発した機器を使用した医師が、

A :「もっとここがこういう風になると良い」

ということを波多先生に伝えたとします。
この時、すぐに簡単にAが実現出来るとは限りません。技術的に何段階かのステップを踏む可能性もあります。波多先生は頭の中で
医師の要求(ニーズ)を分析し、技術(シーズ)との関係でどうすれば要求が実現するか、計画を立てます。最終的なゴールをAとして、そこまでのステップを技術的な側面から計画するということです。

例えばカレーを作る時に、いきなり全部の材料をルーを混ぜたりはしません。
野菜を切る→肉と野菜を炒める→炒めた材料を茹でる→ルーを入れて煮込む
と何段階かのステップを踏んで、初めてカレーが完成します。場合によっては「肉は野菜よりも先に炒めた方がおいしいな」などと、工夫したりもします。

波多先生が医師の要求を実現する時もこのように、要求実現を最終ゴールとしてそこまでに何段階か踏んでいるそうです。
要求をどう切り分けるかと言うと、その時のお話を聞く限りは「技術的限界」以上に「リスクが無いか」ということも基準になっていました。つまり、いきなりステップを飛ばしてしまうと患者に危険があるようなことは避け、少しずつステップアップしているようです。
またこういうプロセスを取ることで、いきなり最後まで開発をするよりも、細かい段階で医師の意見を確認したり、現場でテストすることが出来ると言う「アジャイル・ディベロップメント」が実現します。

簡単に、波多先生が取っている方法のモデル図を作成しました。
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(1)医師の要求(ニーズ)を抽出
(2)リスク及び技術(シーズ)の側面からニーズを分析
(3)開発計画の作成
(4)開発←→テスト(アジャイル・ディベロップメント)
(5)解決案の最終提案
(1)最終提案に対する医師の要求抽出

まだ仮説段階ですが、これが波多先生の頭の中のトランスレーショナル・リサーチの一端なのかも知れません。

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バークリー音楽大学

ボストンには大学が沢山あります。
ハーバード大学、MIT、ボストン大学、タフツ、ノースイースタン大学、ラドクリフカレッジなどなど。世界的に有名な大学も多く、街全体にアカデミックな雰囲気が満ちています。

ところで最近、電器屋を探して家の近くを歩いていたところ、突然目の前にこんなものが出て来ました。

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バークリー・カレッジ・オブ・ミュージック。

これはもしかして、噂のバークリー音楽大学では・・・。
バークリー音楽大学は、ジャズやロック、ポップスを教える大学としては世界最高峰の、歴史のある音楽教育機関です。少し前まで「バークリー音楽院」として知られていました。数年前に専門学校のような位置づけから大学になったそうです。卒業生は日本人だけでも渡邉貞夫、南博、秋吉敏子、大西順子、山中千尋、上原ひろみ、有坂美香、ほか多数。ジャズ科がある音大というのは意外と少なく、日本では洗足音大くらいです。ロック、ポップスとなるともっと少ないでしょう。私もかつてベースをやっていましたが、周りの音楽仲間から
「バークリー音楽院に留学したい」
という声をよく聞きました。

ボストンに滞在していたのに、何故かバークリーのことをすっかり失念していました。ボストンの大学と言って、忘れてはいけないのがこのバークリーです。それが突然目の前に出て来たのでびっくりし、しばらくしてから
「そういえばバークリーはボストンにあるんだった・・・」
とやっと気付きました。

この日はもう真っ暗だったので、後日改めて見に行きました。
あとから分かったのですが、最初に暗闇の中で見つけたのは、バークリーの劇場らしいです。そしてこの建物の斜め前に、もっと大きな校舎がありました。
こちらです。
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石に「バークリー・カレッジ・オブ・ミュージック」と彫り込んでありました。

とても大きく、写真の反対側にも校舎が続いています。
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中はこんな感じです。さりげなく石にうつっているのは、必死に苦手な写真を撮っている私です。
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この校舎は通称「内田ビル」。バークリーはボストン市内に校舎が点在していて、ここだけではないそうです。

バークリーは学費が高いことでも知られていますが、入学の時のオーディションで奨学金が貰えるそうです。ただでさえボストンは生活費が高いので、そうでもなければ他人事ながら親は相当大変だろうな、と余計な心配をしてしまいます。
以前は専門学校だったので入試はなくお金を払えば誰でも入れたそうです。が、今はオーディションの他、英語力なども必要になっているそうです。

ところでこの内田ビルと私の家、わずか2ブロックしか離れていません。そのせいか、家の近くからよく音楽が聞こえて来ます。路上でジャズを演奏している人がポツポツといるのですが、とにかくものすごく巧いです。近くのスーパーマーケットにも、楽器を抱えたまま食材を買いに来ている学生カップルが沢山います。皆晴れ晴れとして、誇らしげな表情をしています。きっと充実した学生生活を送っているのでしょうね。
大学のホールでライブなどもやっているようなので、今度行ってみようと思います。

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医用機器のアジャイル・ディベロップメント1

先週は水曜日だけでなく、木曜日も手術の観察をさせて頂きました。
この日はエンジニアの動きに着目すると共に、医用機器のアジャイル・ディベロップメントがどのように行われているのかにも着目しました。
「アジャイル・ソフトウェア開発」は、元来ソフトウェアの開発手法です。「アジャイル」とは【agile : 俊敏な、素早い】という意味ですが、ソフトウェアでは現場でテストしながら素早く開発が出来るとしても、医用機器のようなハードウェアを含む場合は、どのように行っているのか。その実態を観察しようと思いました。

この日は前立腺がんのブラーキセラピー(日本ではブラキセラピーと言うようです)の手術でした。
放射線を浴びると、細胞の再生機能をつかさどっている「染色体」が破壊されます。原発付近で見たことのない生物を見た、という報告があるのも、被爆が原因で髪が抜けたり白血病になったりするのも、細胞がうまく再生できなくなるためです。この放射線と細胞の関係を利用し、がん細胞の増殖を止めるのがいわゆる「放射線治療」です。
体外から放射線を照射すると、正常な細胞も破壊してしまいますが、ブラーキセラピーはがん細胞だけを殺すために、放射線を出す小さな針のような金属を患部に埋め込む手術です。
前立腺がんにブラーキセラピーをする場合、会陰と直腸を経由して前立腺に針を入れます。針はとても小さいもので、そのまま体内に留まり、放射線を出してがん細胞を破壊します。

このブラーキセラピーのために必要な医用機器は、がんの位置と針の位置を確認する画像診断ソフト、MRIやCT装置、前立腺に針を入れるための機器などです。

手術が始める前、波多先生に
「サムの動きをよく見ておくといいよ」
と言われました。
この日のサムさんは、手術室の中でMRI装置に機器を設置したり、医師に機器の使用方法を伝えたり。サムさんもまた医師の動き、特に装置を使っているところをじっくり観察していました。そして医師の処置が終わると、すぐに手術室から出て来て話し合っていました。
あとからサムさんに話した内容を聞いてみたところ、医師が装置を使ってみて、どこに問題があるか、どうして欲しいかなどの意見を聞いていたそうです。

つまりサムさんは、
・開発した機器を現場でテストすること
・現場からユーザ(医師)要求を抽出すること
これを同時に行っていました。
テストをしながらその場で次の開発段階のコンセプトのための作業をしているということになります。

一般的には、最初に「コンセプト」を作り、それを基に技術開発や製品化を進め、最後に出来たものをテストします。これに対してBWH(ブリガム&ウィメンズ病院)の場合は、テストしながらコンセプトを作り直しています。こうすることで「素早く」まさしく「agile」な開発を実現していました。

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手術中のエンジニア

水曜日の午後は、肝臓の手術でした。
基本的には前立腺ガンの手術と似ています。

肝腎の観察ですが、前回の手術の観察で分かったことを基に準備をしました。今回は、

・エンジニアと医師の会話に焦点を絞って観察する
 (これ以外にも他にも重要な会話があれば書き取る)
・エンジニアの動作(視点など)に焦点を絞って観察する

以上の2点について、徹底的に観察することにしました。
一度現場をざっくり観察し、そこからポイントとなる事項に焦点を当て、改めて観察し直すというのは、「マイクロエスノグラフィー」などで行われている手法です。今から10年ほど前、京都大学の箕浦康子先生のレクチャーを受けに行った時に学んだ手法です。

この日の医師は、午前中も午後もKemal Tuncali先生でした。とてもニコニコして、私が立ち合うことも
「よろしくね。へー、そんな研究しているんですか!」
と言って快く許して下さいました。Tuncali先生、喋り方が緩やかでハキハキしていらっしゃるので、筆記記録が取りやすいことも助かりました。

AMIGOにいたのはTuncali先生の他に、波多先生、サムさん、アンドレイ、ザビエル(ブログ初登場。メディカルドクターにしてPhD、MBA。よくお会いします。)、オリエンテーションをしてくれたテクニシャンのジャニスなどなど。アンドレイは3D Slicer の操作をしていました。
Tuncali先生はオペ室で少し施術すると直ぐに私たちが控えている部屋に出て来て、CT画像を確認していました。
波多先生はオペ室に入ったり、外に出て来たりしていましたが、視線は常にTuncali先生の動きに焦点を合わせていました。言い換えると私がしているような焦点観察を、波多先生はTuncali先生を対象に行っていたということです。

またTuncali先生は機器に対する希望を波多先生によく話していました。
「もっとここがこうだと良い」
と言うようなことです。これに関してはインタビュー調査に近いと思います。参与観察で行われる観察やインタビューを基に、波多先生は現場の要求を汲み取り、すぐにプロトタイプを提案、そしてまた試す・・・というアジャイル・ディベロップメントを実行していました。

本田技研の本田宗一郎も、バイクの試作品を作っては自分や社員がテストコースで乗り、また開発するという手法を取っていました。スクーターのような物の場合は奥さんに乗ってもらい、感想を聞いて開発に生かしていたそうです。

「ものを作る」ということは、ものが使用される実際の場所、それから使用者の意見、こういうものから絶対に離れてはいけないということだと思います。自分の目で現場を見て、ユーザと会話をして作って行くということがとても重要だと思いました。

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手術の観察 後編

余談ですが、ブログに書いた後にTinaの部屋の張り紙を見たら、
「Friends of AMIGO」
としか書いてありませんでした。いつの間にか脳内変換され「You are friend of AMIGO !」というコピーを作ってしまいました。

閑話休題。
最初に観察したのは水曜日の朝、前立腺ガンの生体組織検査(バイオプシー)でした。会陰から大きな針のようなものを刺して前立腺の組織を採取します。AMIGOでは次のような手順を取ります。
(1)事前に前立腺のMRI画像を撮影し、採取する組織(病変部)の位置を把握する
(2)術中はMRI画像を撮影し、(1)のMRI画像と重ねながら、組織採取用の器具が病変部に届いているかを確認する

波多先生は不在でしたが、計画した観察方法を確認する意味でも見せて頂きました。エンジニアはサムさん、徳田先生、アンドレイなどが参加していました。徳田先生もサムさんも、私が何を調査したいのかをよくご存知なので、色々とご協力下さいました。

さて、今回の観察調査でもっとも困ったのは記録です。波多先生を初めとするエンジニアの開発の思考プロセスを分析するため、行動や会話をすべて何らかの方法で記録し、後から詳細に分析する計画でした。普段こういう場合はビデオカメラで撮影します。しかし今回に限っては2つの理由でそれは難しそうでした。ひとつは実際にAMIGOに入る前は、もしかすると手術室の中、すなわちMRIなどの装置の近くで観察する可能性もありったことです。MRIは強磁場を発生させる装置なので、その場合はビデオカメラは持ち込めません。もうひとつの理由は、医師やエンジニアの作業を撮影すると、どうしても患者さんも映ってしまうことです。これはプライバシーや倫理的な問題上、避けなければいけないことでした。
そこで今回、出来るだけ全ての動作や会話をその場で観察しながら記録するために、古典的な作業分析に使われていた「サーブリッグ記号」を使うことにしました。

サーブリッグ(Thirblig)記号とはギルブリス(Gilbrith)が開発した動作分析記述のための記号です。Gilbrithを逆から読んで「Thirblig」なのだそうです。人間の細かい動作を17に分け、記号で表したものです。これらを組み合わせて作業動作を記録、分析します。

こちら ↓ がサーブリック記号の一部です。
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例えば「探す」は目のマーク、「選ぶ」は矢印のマークです。シンプルなマークなので、慣れると文字よりも早く書くことができます。
AMIGOと書いてある段の記号は、本来のサーブリッグ記号には無いのですが、自分で作って付け足しました。サーブリック記号ではパソコンに関する動作が細かく分かれていなかったり、普通に「見る」など、今回の観察で重要なポイントとなる動作がないので、いくつか付け足しました。
そしてこの他に会話も出来るだけ時系列で記録し、時系列にその場でプロトコルを書き出すという、とても無謀な計画を立てました。でもビデオが発明される前は、こうやって記録・分析をしていた時代もありました。

AMIGOの中はいくつかのゾーンに分かれています。私はオペ室には入らず、手前のモニタがある部屋から観察しました。手術中に3D Slicerのオペレーションをするエンジニアもそこで作業しています。
ここでどれくらいの行動が記録出来るのか、また何に焦点を当てて観察すれば良いかを検討しました。

プロトコルノート、所謂フィールドノーツはこんな風に記録しました。
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上の段がその場にいる人達、そして時間の経過です。各人が各時刻に何をしたか、どんな会話をしたかを下の段に詳細に書きました。またこの他の全体の雰囲気などは別の用紙に記録しました。
フィールドノーツが英語で記載されているのは、会話が英語だったからです。そうでなければ英語で記載する必要はなく、出来るだけ正確に沢山の情報を書き入れるために、一番慣れている言葉、ツールを使用して構いません。

この手術は波多先生曰く「成熟度が高い」そうです。機器やソフトウェの開発を繰り返し、かなり完成されている段階になっているそうで、確かに全体的にスムーズに進行していました。観察の一番初めは何が起きているのか把握するだけでもいっぱいいっぱいなので、ちょうど良かったです。

そして実際に調査をしてみて、分かったことです。
・全員の動き、会話を記録するのは確実に無理であること。
・エンジニア(サムさん、徳田先生、アンドレイなど)の動き、会話に焦点を絞ると良いこと
・特にエンジニアと医師の会話、エンジニアの視線の動き、場所の移動に関する焦点観察をすると良いこと

この日は午後にも手術が入っていたので、上記のことを意識しながら挑みました。

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