問題を発見するには

アメリカはクリスマス休暇中です。既に昨日から、どこにもあまり人がいません。日本のお正月のようなもので、お店も閉まっているところばかり・・・。何も知らずに食事しようと外に出て、1時間近く歩き回る羽目になりました。
私も今週は研究室をお休み中です。当然シャドーイングも出来ないので、昨日に引き続きここまで見て来たことについて一度整理しようと思います。

前回のブログで、「問題を発見するということは、まだ満たされていない要求を発見すること」であると考えました。
これでも劇的に問題が発見しやすくなった訳ではありませんが、
「問題を見つけて来て下さい」
と言われるよりは
「まだ叶っていない要求を見つけて来て下さい」
と言われた方が、多少はなんとかなりそうです。

では、これを具体的にどうやって発見するのか、その方法について考えたいと思います。一度医用機器を離れて、まずは他の製品やサービスのデザインについて考えます。

街頭インタビューか何かを実施して、
「あなたの叶っていない望みはなんですか?あ、オーディオセット限定で考えて下さい。私はオーディオメーカーの者なので・・・」
「私自動車メーカーの者ですが、新しい自動車を作ろうと思っています。あなたはどんな自動車が欲しいですか?こんなのがあったらいいなぁ、というものをなんでも良いので教えて下さい」
こんなことを聞いても、皆
「???」
と、困ってしまうでしょう。そんなことは普段から意識的に考えているばかりではないので、答えにくいのです。

それでも作ろうとしているものが「オーディオ」や「自動車」のように、既に世の中にあるものならば、こう言う質問をしても何かしらの意見は出て来るかも知れません。

「そういえば、今乗っている自動車の燃費が悪いから、もっと燃費の良いものが欲しいなぁ」
「すべて自動で運転してくれる自動車があると良いですね」
「完全に声で操作出来るポータブルオーディオがあると便利です。」

今のものをたたき台にして、それに対する「もっとこうなら良いのに」ということを考えることは、なんとか出来ます。

では、たたき台になる既存品や類似品がないものを作ろうとしたらどうでしょうか?これはつまり、まだ誰も解決していない、発見すらしていない問題に切り込んで行くことになります。問題がどこにあるのかも分かりません。とても難しそうですが、これまでにこういうことは沢山行われて来ており、そのお陰で世の中には便利なものが沢山あるのです。

身近な例で考えると、HONDAのスーパーカブというバイクがあります。とても有名なバイクです。郵便配達も新聞配達もお蕎麦屋さんも、皆カブに乗っています。

戦後、いくつかのメーカーが原付バイクを作り始めます。これは自転車に最初からエンジンが取り付けられている、今の原付バイクと同様のものです。当時の原付バイクは、排気量が125cc〜250ccのものが主流でした。形もベスパのような優美なイメージで、「スクーター」と言われる、足を揃えて腰掛けるタイプでした。
この頃のHONDAの主力製品は、普通の自転車に後付けで付ける補助エンジンでした。他社の動向を見て、HONDAも最初からエンジンが搭載された原付バイクを50ccで作ろうとします。これを最初に考えたのはエンジニアではなく、経営を受け持っていた藤沢武夫でした。ただこの時点では藤沢にははっきりしたコンセプトはなく、漠然と「50ccの原付を作ろう」ということしか考えていませんでした。

この漠然としたアイデアに具体的なコンセプトを付け加えたのは、社長で技術者でもあった本田宗一郎です。宗一郎は藤沢とヨーロッパにモペッドの視察に行き、その間にコンセプトを練りました。
新しく作る原付バイクのデザイン・コンセプトは「仕事で使うための原付バイク」。これはカブの元になった自転車用エンジンが、米屋や蕎麦屋などの配達業務に多く使われていたこともあります。宗一郎はエンジン付きの自転車がどこで必要とされるかを、散々見ていたので知っていました。
「仕事で使うための原付バイク」というデザイン・コンセプトから、宗一郎が考えた蕎麦屋の小僧さんの配達時の要求は、
・オカモチを片手に持っていても運転したい
・草履でもギア操作をしたい
・簡単に駐輪したい
などなど。他にもいくつかありましたが、こういう具体的な要件を設定し、あとは得意の技術開発を行いました。そして優美なスクーターとは一線を画した、あの独特のフォルムと性能を搭載した「カブ」が誕生します。
そしてカブは大ヒットします。今までで世界で一番売れたエンジン付き乗り物は、HONDAカブで今も変わること無く売れ続けています。

この例を考えると、カブが誕生した背景にあるのは、

1)後付けの自転車用エンジンが配達業務でよく使用されていた
2)世の中には「配達時には自転車よりもエンジン付きの乗り物に乗りたい」という潜在的な要求があった
3)本田宗一郎は日頃の観察からそれに気付き、配達に特化した原付バイクを開発した

このようなプロセスです。
フィールドの観察で潜在的な要求(問題)を見つけたこと。これがカブ開発の重要なポイントになっています。
要求があると気付いたのは、元々仕事用として売り出された訳ではなかった、後付けの自転車用エンジン。これが実際に使用されていた場面が、配達や荷物を運ぶ時ばかりだったからです。
開発者が設計段階で意図したことと、実際の使用にズレがある場合、そこには何か隠れた要求があることがあります。これは1つ、問題発見の手がかりになります。

次回はここについて、もう少し考えてみましょう。

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問題とは?

ここまでの調査で、医用機器の開発プロセスには「フィールドで問題を発見すること」が重要であることが分かって来ました。実際の医療現場で医療特有の問題を発見し、それに対して技術的にアプローチを行うプロセスが必要なようです。
BWHは病院の中に工学系の研究室があるということで、より顕著かつ頻繁にこのプロセスを踏んでいます。でもBWHのようなロケーションでなくても、医用機器の開発では、何かしらの方法で「フィールドから問題を発見する」ことが行われていました(こちらのブログ参照)。

この「フィールドで問題を発見する」ということですが、このブログで何回も書いている通りなかなか一筋縄では行きません。フィールドに出てもぼんやりとしていたら、問題を発見することは出来ないのです。そしてこれまでのものづくりの中でも、このプロセスは経験豊富で勘の鋭い意識の高い人だけに出来ることでした。完全な「暗黙知」です。これを系統的な形式知にすることが出来れば、ものづくりは格段に進歩します。

ここからは「問題を発見する方法」にスポットを当てて考察、調査を進めて行こうと思います。
が、その前に。そもそも「問題」とは何でしょうか?その正体について考えてみましょう。
日本語の問題という言葉には、実は二つの意味があります。試験問題のような問題(クエスチョン)と、社会問題のような問題(プロブレム)です。ここで扱うのは後者のプロブレムの方ですが、この意味で何かに対し「これは問題だ」と感じるのはどんな時でしょうか?
今、私が感じている問題を例に挙げると
・肩こりが酷い
・白髪が増えた
・住民税が高い
もちろん他にも沢山ありますが、とりあえずこれを分析してみます。

肩がこっていることの何が問題かと言うと、実はこれが今後何か大きな問題に発展する訳ではありません。よく「○○で死んだ人はいない」という表現が使われますが、肩こりもまさにそれで、どんなに肩がパンパンでも死ぬことはありません。日常生活も勿論普通に送れます。
ただなんとなくスッキリしません。肩がこっていなければもっと楽なのになぁ・・・と思います。

続いて白髪が増えたこと。これも別に死ぬ訳ではないですし、白髪が原因で職場をクビになることもありません。ただかつての黒々としていた髪の毛を思い出すと、「白髪がなければなぁ」と思います。

最後の住民税が高いこと。これが多少深刻です。最近の住民税は都民税+区民税を合わせると、前年の手取りの10%も納めなければならないので、毎回かなりの大打撃を受けます。給与明細を見て
「ええー!!なんでこんなに少ないの!?何かの間違いじゃ・・・あ、住民税か。」
と慌てふためいた経験のある方もいると思います。ただこれも生活出来ないほど納める訳ではありません。住民税がもうすこし少なければ出来ること     もう少し良い家に住むこと、新しいスーツを買うこと、趣味にお金を使うこと、こういうのが出来なくなるというだけです。
もしもどうしても住民税が高くて生活が維持出来なくなってしまったとしても、今の仕事を辞めて全部捨て実家に帰ってひっそり暮らせばなんとかなります。仕事を辞めれば翌々年からは住民税も払わなくてよくなりますしね。

こう考えてみると結局私の問題というのは、実はどれもたいしたことではなく、私の「出来ればこうであればよいな」という願望が叶っていないだけということになります。要するに、気の持ちようですね。

とは言えここに挙げた問題はどれもあまり深刻ではないので、もう少し大きな問題について分析してみましょう。
私の足は小さいのでサイズの合った靴が見つかりません。それで普段はサンダルかブーツを履いていますが、仕事でハイヒールを履かないといけないこともあります。
ハイヒールは少し大きい物を履いていますが、内側が下り坂のようになっているので、サイズが合っていないと歩くたびに足が坂道の上をスライドします。歩き始めてトータルで20分くらい過ぎると、突然足の裏が焼けたように痛くなります。スライドの摩擦で火傷のようになってしまうのです。こうなると一歩も歩けません。

この問題は、少し深刻です。少なくとも白髪よりは。
でも、足の裏が痛くて歩けないことの何が問題なのでしょうか?痛いなら歩かなければ良いし、それで仕事ができないなら仕事を辞めれば良いのです。そうまでして仕事をしているのは、「まともな生活がしたい」「人から尊敬されたい」「生き甲斐を感じたい」という欲があるからです。
または心頭滅却すれば良いのです。「人の一生は重き荷を背負いて遠き道を行くが如し 焦るべからず 不自由を常と思えば不足なし」という位だから、足は痛くて当たり前だと思えば良いのです。まともな生活なんて出来なくて当たり前だと思えば良いのです。生き甲斐はなくて当たり前と思えば良いのです。

と、こうなってくるとどんどん極端になって行きますが、突き詰めて考えると「問題」というのは、【こうしたい】という欲望があるのにそれが叶っていない状態のことだと分かります。以下に私の問題をもう一度整理すると

肩こりが酷い :【すっきりした肩で楽々生活したい】が、叶っていない
白髪が増えた :【白髪がなく黒い髪が良い】が、叶っていない
住民税が高い :【もう少し贅沢したい】が、叶っていない
足よりも靴が大きい:【ハイヒールで普通に歩きたい】が、叶っていない

ここで上に書いて来たように「こうしたいと思わなければ良い」というのも1つの考え方です。「こうしたい」というのは全て「煩悩」と言うのですよ、これが無くなれば問題も消えますよ、全てをあるがままに受け入れれば・・・というのは仏教の悟りの考え方ですね。道教の仙人も悟りに近い存在と言えるかも知れません。

ただ、欲望を全て消すのは至難の業です。仏教でも道教でも、この境地に達することが出来るのは、何年もの厳しい修行をした一部の者だけです。

欲望を消すのは難しいので、世の中には問題が溢れている訳です。
問題とは、まだ満たされていない要求のこと
こう考えると、問題を発見するには「満たされていない要求」を探せば良いことが分かります。

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ベンチャー企業のオフィスビル探検

ところで今回お邪魔したAze社の入っているオフィスビルが、不思議がいっぱい、まさしくワンダーフルだったので、いくつかご紹介します。

すこし厳しいセキュリティチェックを受けてビルに入り、スイーッとエレベータで上って行くと、そこは沢山のベンチャー企業が軒を並べるフロア。

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MIT(マサチューセッツ工科大学)も入っています。このビルとMITは目と鼻の先なので、企業はその地の利を生かしてMITから優秀な学生を引っ張って来るのだとか。

どこもガラス張りが多用されたインテリアです。中がよく見えました。ここは小さなベンチャー企業もたくさん入っているので、部屋ごとに違う企業のオフィスというような場合もあり、ベンチャー企業の展覧会みたいでした。それぞれのオフィスに個性があって、中々楽しく見学しているうちに今度は謎のキッチンに辿り着きました。「綺麗な会社の中を歩いて居たら、何故か唐突に台所が出て来た」という突拍子のなさでしたが、

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このフロアに入っている企業の人達が、自由に飲食出来る共同コーナーなのだそうです。もちろん無料で食べ放題・飲み放題です。私も頂きました。

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こちらはコーヒーと紅茶のコーナー。色々な種類があります。

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ミネラルウィーターや炭酸水、フルーツもたくさんありました。

冷蔵庫には冷凍食品、戸棚にはスナックやオートミールも沢山あります。
そして、発見!!こ、これは・・・
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ポール・ニューマンが設立した有機食品会社「ニューマンズ・オウン」のポップコーンではないですか!(※ ポール・ニューマンのファン)
同社の製品は日本ではあまり売っていないので、初めて実物にお目にかかりました。嬉しくなって思わず記念撮影したのが上の写真です。よく見ると、ここには他にもニューマンズ・オウンの商品が沢山ありました。

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ミーティングルームもガラス張りです。出来るだけオープンにしようということなのでしょう。
(よく見るとガラスに写っているのは、シャドーイング中に波多先生に置いて行かれそうになっている私の様子です。)

こしてこちらの大きめの会議室ですが、妙にすっきりしています。
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何かが足りません。ホワイトボード??と思ったら、なんと!

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壁一面がホワイトボードになっていました。特殊な塗装がしてあり、書いても消せるのだそうです。実は以前違う場所で、波多先生がこれと同種の壁にマーカーでスラスラ書き始めたのを見て、
「か、壁に書いてる・・・!!」
と大変驚きました。その時は、「書いても良い壁」があることを知りませんでした。そう言われてみれば「House M.D.」のグレゴリー・ハウスも、時々壁に書いていたような気がします。何も知らないと、誰かがマーカーで壁に書き出すのを見ると破天荒な人に思えますが、実際は壁の方がなかなか斬新で破天荒のようでした。

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トランスレーショナル・デザイン・リサーチ3

病院の中に研究室があるということは、BWHの開発方法を可能にしている要因の1つです。これを「アメリカの医用機器開発現場のロケーション」として一概に括ることは出来ないと思います。
ただロケーションや環境に依らずとも、開発の初期段階から医療現場と密なコミュニケーションを取るということは、医用機器開発に必要なプロセスであるようです。これまでにBWH以外でも医用機器の開発方法を調査しましたが、形は違えども現場の要求と技術開発の緊密な関係というものが、他の製品開発よりも強くみられました。また複数の分野がコラボレーションしているというということも共通しているようです。

今年の3月に、フィンランドのデザイン会社・C社でインタビュー調査をした事例についてご紹介します。
C社が手掛ける製品は「家具から鉄道まで」、まるでレイモンド・ローウィのような幅広さです。ハードだけではなくサービスなどのソフトデザインも行っています。フィンランドは医療機器の貿易収支が大幅が黒字国として有名ですが、C社もまた医療機器のデザインを行っています。

私がオフィスを訪れた時、CEOに見せて頂いたのはC社が開発に関わったポータブル眼圧測定器でした。眼圧測定器は本来、据え置きの機械に目を当てて、吹き出して来る風で眼圧を測ります。移動しない機械に身体を当てるという意味では、レントゲン装置のようなものです。これを小さくポータブルにし、患者を移動させずに済むようにした装置を開発されたそうです。
まずはCEOに私の考える「デザイン」、「デザイン・コンセプト」の定義やモデル図をお見せし、コンセンサスを確認した上で開発のお話を伺いました。

CEO「私たちの会社はデザイン事務所と言っても、製品が出来るまでのコーディネイトをメインに行っています。この眼圧測定器は最初、眼科の医師がコンセプトを考えました。こういう物が欲しいってね。」
粂川「ということは、デザイン・コンセプトはフィールドから生まれたということでしょうか?」
CEO「そうです。それを沢山の組織でコラボレートして製品化しました。」
粂川「具体的には、どこでどのような組織が絡みましたか?」
CEO「最初は、そのコンセプトを実現出来る医療機器メーカーに持ち込み技術を開発して貰いました。それから小売りの販売ルートを開拓しました。医師、メーカー、販売ルートなど様々な組織が関係していますが、このマッチングをしたのが私たちの仕事です。」
粂川「デザイン会社の仕事というのは、コンサルタントに近いですか?」
CEO「フィンランドのデザイン事務所の多くは、色々な組織とネットワークを持っているんです。大学や病院、医師、メーカー、それから広告会社などです。そしてその都度、どことどこをコラボレーションすれば良いかのコーディネイトをするのです。」
粂川「具体的には、どのようにマッチングしますか?」
CEO「それぞれの組織の得意分野を見極めて、その時の目的に合わせます。あとは何度も全体で集まりミーティングをします。ミーティングは実際の作業が始まってからも定期的に行います。こうして皆で目的をシェアします。」

フィールドから要求を発見すること、コラボレーションすること。この2点はここまでに観察してきたBWHと同様の手法です。C社の場合は開発者はフィールドには行っていませんが、フィールドにいる医師から要求を汲み取っていました。

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続いて日本での医用機器開発の事例です。これは光学機器メーカーで内視鏡の開発をしていた技術者の方に、インタビュー調査を行って聞いた話です。
当時そのメーカーでは「これから内視鏡を作ろう」ということは予め決められており、そういう意味ではデザイン・コンセプトを作る必要はありませんでした。ただそのメーカーは内視鏡の開発経験がなかったため、数年かけてどんなものなのかを調査したそうです。製品が完成してからは既に他のメーカーがマーケットシェアを殆ど占めており、市場に入り込むのにも苦労しましたが、偶然の幸運からなんとか顧客を増やすことが出来ました。
この技術者は、ここから単独でフィールドに入ります。手術に立ち合うことは出来ないので、手術後に器具を洗浄したり整備したりする作業をしながら、どこを改良するべきか考えたそうです。

この話も「日本の医療機器メーカーは」と一概にはまとめることは出来ないと思います。メーカーが100あれば100通りの開発方法があって然りですが、やはり「フィールドで問題を発見する」という点は共通していました。また工学系の技術者が医療現場に出るという意味では、ここでも多分野のコラボレーションが行われていると言えます。

ここで1つ考えなくてはいけないことは、フィールドにさえ行けば、誰でも問題を発見することが出来るのか?と言うことです。
この先は、この点について触れていきます。

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トランスレーショナル・デザイン・リサーチ2

さて、ここ最近BWHで見て来たことを、デザインの視点から整理します。
デザインと言っても一般的に思われるような「形を作ること」ではなく、「人間の生活における問題を発見し、それを解決するための創造的思考作業およびその結果」という視点です。要するに、医用機器の開発では、どのように問題を発見し解決しているのか?ということを考察します。

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アメリカに来てまだ2週間ですが、研究室の方の多大なるご協力のもとに、私は医用機器の技術開発から製品化までのプロセスを随分気前よく見せて頂いています。私が行っていることは、研究手法で言うとフィールド調査の「参与観察」に相当します。これは実際に観察したい現場にメンバーの一員として参加し、ただ観察するだけではなくメンバーとしての視点から色々なことを感じ、考えるという観察手法です。文化人類学や民俗学では一般的な手法です。

元々私の研究のメインテーマは、デザイン・コンセプトを作る方法を開発することでした。
デザイン・コンセプトと言うのは、そのデザインのおおまかなプロフィールのことです。デザインは「問題発見、問題解決のための思考作業およびその結果」ですから、デザイン・コンセプトも「そのデザインがどんな方法でどんな問題を解決するものか」についてのプロフィールです。
このプロフィールに必要な要素は、次の3つです。

・行動:そのデザインが役に立つのは、誰のどんな場面の行動に対してか?
・価値:そのデザインはどんな問題を解決し、どんな価値を提供するか?
・手段:そのデザインはどんな手段によって、価値を提供するか?

これは以前にもこのブログに書きましたが、このうち「価値」を決めるのはなかなか難しく系統的な方法がほとんどありません。どんな問題を解決するか?というプロセスですから、ユーザに起きている問題や隠れている要求を発見しなければなりません。これが難しい訳ですね。
デザインする側は、ユーザが無意識ながら「今困っていること」を生活から引っ張り上げて、それを解決するような何かを提案したい訳ですが、「今困っていること」を効果的に引っ張り上げる方法があまり研究されていないのです。

「今困っていること」を発見するには、ユーザにアンケートで聞いても分かりません。ユーザ自身が意識していないことがあるからです。例えば突然、
「今、何か問題はありますか?ここがこうなると助かるということはありますか?」
と聞かれても、なかなか咄嗟には思いつきません。これが何かの限定された場面でも同じです。
「入浴に関することで、何か問題や要求はありますか?」
「スマートフォンに追加して欲しい機能はありますか?」
と聞かれても、答えにくいはずです。

本人が意識していない要求や問題を引っ張り上げるには、実際に使用場面の観察をしたりインタビューをするフィールド調査が有効です。有効です、と書きましたがこれもまだ研究途上なので、現状では「有効であると思われます」としか言えませんが。

特に医用機器のように限られた場所で使用される専門的なものの場合、開発者は
「一体どんなニーズがあるのか?」
ということが分かりません。ここでは実際にフィールドに出るということが、大変重要になります。

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実際にBWHでは、技術開発の段階から開発者が医療現場に入っています。機器が使用されている手術室の中で医師や患者とコミュニケーションを取りながら、どこに問題があるのかを汲み取り、ラボに持ち帰って改良する、それをまた現場に持って行く・・・というループをしながら開発を行っていました。

ただし大学のラボで行うのは技術開発がメインです。基本的な技術を開発した後は、実際に製品化して社会に還元することになります。
「3D Slicer」を事例にすると、Aze社がこの「製品化」のプロセスを担当していました。ただしここで重要なことは、「3D Slicer」技術開発の段階から、具体的なフィールドの要求に対応して開発されたものであるということです。
そのため製品化する時には、技術開発メインで作られたものを実際の使用現場に合わせたユーザビリティにすること、実用に耐えうるものにすること、というクリアな(とはいえ難しいことですが)目的が設定されていました。

BWHで行われている開発方法は、先ほどの「参与観察」を基にしていると言えるかも知れません。フィールドに参加し、そこでメンバーの一員の視点から観察することで問題を発見するという方法です。これに基づいてコンセプトが作られていました。

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トランスレーショナル・デザイン・リサーチ1

今日は12月21日、冬至です。ボストンは雨風が強く冬至らしい寒い日でした。雨の中いつもの病院内の研究所ではなく、朝から離れの研究施設に行きました。シャドーイング再開です。

ここでは外部の共同研究者を迎え、昨日ご紹介したオープンソースソフトウェア「3D Slicer」の開発に関するミーティングを行いました。山田先生が実際の手術でどのように3D Slicerを操作しているかも見せて頂きました。

この後は、雨の中を車でケンブリッジにあるオフィスビルに移動しました。この地区にはマサチューセッツ工科大学(MIT)もあり、沢山のベンチャー企業やIT企業のオフィスが立ち並んでいます。MITと共同研究するためのようです。
こちらはマイクロソフトのビルです。本社ではありませんが。

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今日訪れたのはAze社というベンチャー企業です。複数のベンチャー企業の事務所が入るビルの一角に、Aze社も居を構えていました。
Aze社も3D SlicerのCT画像とMRI画像を重ね合わせる技術開発をしていますが、Azeは製品化して売り出しています。その名も「VirtualPlace Phoenix」。

山田先生は手術中にCT画像とMRI画像を重ねる技術(レジストレーション)を研究していますが、Aze社が開発しているのは、手術用ではなく診断用です。患者が動くことはないので、手術用のものよりも短時間で処理が可能です。そして山田先生のような3D Slicerの専門家ではなく、医師が使用することを前提としたインタフェースになっているそうです。
BWHの研究室では、医用画像処理のコアな技術開発をしていますが、Aze社が行っているのはその技術を商品に落とし込むプロセスです。
このプレゼンテーションで久しぶりに「ユーザ・インタフェース」「ユーザビリティ」などなど、私たちデザイン分野の者にも馴染みの深い言葉を耳にしました。

こちらがAze社の方々。カール、ニコラス、ラウル、そして山田さんです。

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オペ室のエンジニア

今日の朝、研究室に行くとJolesz先生がやって来ました(Jolesz先生の詳細はリンク先の記事を参照して下さい)。
「ハウアーユー?」
例のはっきりした発音でご挨拶して頂きました。

丁度、このブログを立ち上げていたので、
「先生のことを記事にしました。一番ヒット数が多かったですよ。」
と教えたところ、
「ふーん、あ、そう・・・。私のなんて、ヒット数400越えてるよ。××××って検索してみなよ」
と仰いました。Jolesz先生もブログ書いていたのか・・・と検索してみると、それは論文データベースのサイトでした。
「ほら、私の論文のヒット数、457!あんたのブログの記事より多いでしょ」
「え・・・・。何かが違うような気が・・あ、いえモゴモゴ」
Jolesz先生が何故「自分のことが書かれた記事」と「自分が書いた論文」のヒット数で戦おうとしたのかは謎です。

閑話休題。
今日は波多先生が不在だったため、研究室で何か面白いことをしている人はいないか探してみました。多くの人がクリスマス休暇に入っているので人影も疎らでしたが、昨日もブログに登場した山田篤史先生が、パソコンに向かって何かされていました。覗いてみると、文字ばかりの画面です。

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山田先生曰く、手術中にCTの画像とMRIの画像を上手く重ねるためのプログラムだそうです。何故そんなことをするのかと言えば、

「僕は毎週金曜日に、肝臓と腎臓のオペに立ち合っているんです。オペはCTの画像を撮りながら、体内に器具を挿入して行うんですけど、肝臓や腎臓はCTだと腫瘍が写らないんです。MRIだと腫瘍も写るので、先に撮っておいたMRIの画像にその場で撮るCTの画像を重ねます。ただ患者さんを動かしたりすると重ねた画像がずれるので、これはそれを修正するためのプログラムです。」

山田先生も波多先生やアンドレイと同じく、手術に立ち合っている工学博士でした。

「お医者さんから色々言ってもらいますよ。アツシ良いね、とか。ちょっとだめだな、とか。」

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プログラムを操作する山田先生、今日もとても楽しそうでした。

この後山田先生に見せて頂いたのが、こちらの医用画像処理用ソフトです。

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「3D Slicer」というオープンソースのソフトで、無料でweb上からダウンロード出来ます。BWHも開発に関わっています。この3D Slicer、オープンソースであるため色々プラグインして機能を追加することが出来ます。山田先生も手術のために、機能を追加しているそうです。
このソフトの特長は、特定の機器で撮った画像だけを表示するのではなく、色々な機器の画像表示が可能とのこと。

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こんなことも出来ます。
興味のある方は、こちらから無料でダウンロードしてみて下さい。
サンプル画像も入っているので、実際に画像を表示していじれます。

山田先生曰く、開発して現場に持って行き、現場で起きたことを反映してまた開発するというのは、BWH以外ではやったことが無かったそうです。
「すぐそこにCTの部屋がありますしね。気軽に行けるのがすごいです」
とのことでした。

※ご紹介したCT画像は、すべて3D Slicerのサンプル画像であるため、ブログ掲載に関する倫理上・法律上の問題はありません。

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世界初の手術

波多先生をシャドーイングしていると、時々手術着のような水色の服装で、どこかに足早に消えて行く時があります。
昨日もそうでした。
「僕はこれからオペ室だから」
とだけ言い残し、颯爽と立ち去ってしまいました。

その直前まで私は波多先生にくっついて、医師を交えたミーティングに参加していました。そのミーティングではエンジニア(工学博士)のアンドレイが、何かデバイスのCGを医師に見せ説明していました。前立腺ガンの治療に使うデバイスのようです。

「医者に説明する時は、物を見せないと」

と波多先生は言います。エンジニア同士なら、デバイスの説明をするのに物が無くても理解し合えるからでしょうか。用語やシステムそのものにコンセンサスのようなものがあるので、想像しやすいです。これは医用機器以外の製品デザインでも、例えばいつもテレビの開発をしていれば、ちょっと技術的な話を聞いただけで
「ああ、あれをああしてこうしたのか・・・」
と理解できます。でもデザイナーや開発以外の人とコミュニケーションするには、ビジュアルで示すのが一番分かりやすいです。

私はまだ手術室の中に入ることは出来ません。手術に立ち合うための研修が、まだ済んでいないからです。
1人で研究室に戻り、ここまで見て来たことをまとめること数時間。

波多先生とアンドレイが戻ってきました。
先ほどのデバイスを使って初めての手術を行って来たそうです。この2人は医師ではありませんが、デバイスの開発者として手術に立ち合って来ました。これまでにない新しいデバイスで、患者もそれを承知で手術に協力して下さったそうです。患者は意識があり(局所麻酔)、その場で会話も出来たそうです。(※手術は医師が行いました。)

「医用機器の開発者には、そういう協力して下さる患者さんも入るのかも知れないね。(勿論関西弁で)」
「そうですね。」

世界初の手術を終えた波多先生とアンドレイです。水色の服装で記念撮影。

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「アメリカの医療機器は、医師が治療現場での知見を基にコンセプトを作っている」ということは、論文で読んだことがありました。でもそれどころか、少なくともBWHではエンジニアが医師とともにフィールドに出ています。患者と直接コミュニケーションもしていました。

ここまではフィールドでの実践の話ですが、工学系の研究では特に実践と理論の両方が必要です。
このあと波多先生は「理論」の活動として、他の研究者と論文のディスカッションに入りました。

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服装も変わっています。手前は日本人研究者の徳田先生。ふたりでギャーギャー言い合いながら、なんだか楽しそうです。手術に立ち合ってきたばかりだし、疲れているはずでは・・・。
分野は違えども私も聞き慣れた研究ディスカッションです。

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同じく日本人研究者の山田先生・・・も、ものすごく楽しそうです。
このディスカッションはこの後2時間ほど続きました。

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論文のデータベース

昨日のブログに「研究費を獲得するには論文を沢山発表すること」ということを書きました。折よく今日の午前中、技術開発のミーティングで研究室の論文データベースについて紹介されていたので、ご参考までにリンクを貼ります。

こちらから見ることが出来ます。

これが波多チームの発表してきた論文です。論文の発表数に着目すると、

1996年 1本
1997年 2本
1998年 7本
1999年 5本
2000年 7本
2001年 4本
2002年 2本
2003年 4本
2004年 2本
2005年 2本
2006年 5本
2007年 9本
2008年 17本
2009年 11本
2010年 7本
2011年 8本
2012年 12本

年を遡って見て頂くと、浮き沈みはありますが徐々に論文数が増え、ある時期を境に特に増えているのがお分かりになると思います。2006年辺りがターニングポイントです。
グラフも作成しました。画像をクリックすると拡大して見ることが出来ます。

論文数

大富豪ゲームのような競争で勝ち残って来た軌跡です。
リンク先のデータベースは英語ですが、ご興味のある方は他にも色々クリックして見てみて下さい。論文のタイトルをクリックすると、論文に使用されている図や写真、研究費のスポンサー元等も見ることができます。

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雇用形態の話

昨日波多先生が、BWHの研究者の雇用形態について
「ものすごく分かりやすく言うと、うちの研究室の人、皆アルバイトなんです。」
と関西弁でいつものように軽快に仰るので、私は本当にびっくりして例によって根掘り葉掘り聞きました。

「波多先生もですか?」
「僕もアルバイトです。」

波多先生は准教授なので、てっきりハーバード大学のパーマネント雇用で、月給やボーナスを貰っているものだと思っていました。色々聞いてみると、これは波多先生と研究室のメンバーだけではなく、BWHの研究者全員に共通した雇用形態らしいです。(ただし大学で授業を持っている人はすこし違うそうです。)
アルバイトと言うと語弊があるそうですが、日本の大学教員の雇用形態とは基本的に異なっているようです。

「アルバイトというのはどういうことですか?任期があるということですか?」
「任期もないです。1日1日です。」
「給料の体制は、日払い・・・?時給ですか?」
「時給です。」

波多先生曰く、アルバイトよりももっと厳しいのは、なんとハーバード大学から波多先生や研究室のメンバーが給料を貰うことはないそうです。それではどこから給料を貰っているのかと言うと、自分で取って来た研究費の中から自分で自分を雇い、他の研究者も雇っているのだとか。もしも研究費が取れなかったら、必然的に辞めることになるそうです。

「言わば個人商店のようなものです。アルバイトだったら例えばマクドナルドがバイト代を出してくれますよね。僕たちのアルバイトは自分でお店を建てて、お金も商品の仕入れも人の雇用も、全部自分でやらないといけないから、もっとひどいです。」
「そうですね・・・。」
「それから大学に上納金を払わないといけないんです。」
「えー!」
「取って来た研究費の40%くらいは、寺銭として大学に取られます。」
「アガリ、ということですよね。」
「上納金を払っている限りは、クビにはなりません。払えなくなったらクビです。」

と言うとなんだかすごく悲惨な雇用条件のように聞こえますが、全員がこの状況なので、例えば日本の特任教員のように「任期無しの雇用になれない人」という悲惨なイメージがある訳ではないそうです。将来の保障は無いけれど、自分で仕事を取れる限りはやっていけるという意味では、自由業に近いのかも知れません。実力勝負なので楽しそうです。それから、自由業的ではありますが大学から社会保障は付いているそうです。
とはいえ、日々凄まじいプレッシャー、過酷な競争、お金の管理、人のマネジメントなどなど、想像しただけでもものすごく大変なことは分かりますが。
大学研究者のこの雇用形態は、アメリカで戦後に増えたそうで、これに伴い研究者の数が増えたそうです。

波多先生はPIと言われる研究の責任者です。PIと言うのはPrincipal Investigator のことで、研究費を取って来て研究プロジェクトを管理する、いわばリーダーです。経営者、あるいはマネージャー、ディレクターとも言えるかも知れません。研究者の中でも、PIになれる人ばかりではないらしく、これはマネジメントの素質に加えて研究費の獲得が出来るかどうかと言うことも勿論あります。

「お金を取るのがうまいと言うのは、予算申請書の文章を書くのがうまいということではないんです。研究費の審査はそれまでの論文数ですから、論文を出していないと通りません。」

研究費が取れれば研究が出来るから、論文が書けます。論文が書ければ、また次の研究費が貰えます。そう考えると大富豪ゲームのようです。これは私たちデザイン工学の分野とはすこし違っていて、私たちは調査や実験にお金がかかりません。だから研究費が取れなくても、研究して論文を書くことができます。

「だからずっと走り続けないといけない訳です。止まったらクビですから。」

日本の大学でも、研究者といえども本当に研究だけしている訳ではなく、予算や人事的なマネジメント力、戦略的な能力が必要ですが、アメリカはもっと厳しいことを思い知りました。それにも関わらず波多先生がこのシステムで研究することを選んだ理由の1つは、研究に集中して、患者さんを治療するという目的に専念出来るから、とのことでした。

「僕は疑問の無い人生にしたいんです。」

以上、文章にすると波多先生がものすごく固い雰囲気の人のようになってしまいますが、波多先生の台詞はすべて軽快な関西弁を想像して読んで頂くと、そうカチカチではないことが伝わるかと思います。

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